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松江地方裁判所 事件番号不詳 判決

右の者等に対する労働基準法違反被告事件につき、当裁判所は審理を遂げた上、左のとおり判決をする。

主文

被告人山本甲子生を罰金四千円に、

被告人寺本芳男を罰金参千円に、

各処する。

右罰金を完納することができないときは、金弐百円を壱日に換算した期間、その被告人を労役場に留置する。

訴訟費用たる国選弁護人難波督に給するもののうち、被告人山本甲子生関係部分は、その全部を同被告人の負担とする。

被告人海野ナツ子は無罪。

理由

被告人山本甲子生は、昭和二十四年二月より肩書住居において、松江硝子工業所と謂う商号で硝子製品製造業を経営し、その事業主として常に十名内外の工員を使用し業務の全般に亙りこれを総括しているもの、又、被告人寺本芳男は右松江硝子工業所開設当初より、その共同出資者として経営に参画し、同年九月下旬頃までの間、工員の監督、外交、会計等同所における日常の業務一切を掌理していたものであるが、

第一、被告人山本甲子生は、法令所定の条件がないのに拘らず、同所において

(一)  昭和二十四年二月より同年九月までの間、別表第一記載のとおり、

(イ)  男子工員泉清吉、横田治、森山修、小沢多津男、稲田忠雄、八木三之助、吉田次男及び布野昌邦の八名をして、合計二百七十四回に亙り、合計七百九十七時間半相当の時間外労働をなさしめ、

(ロ)  右工員泉清吉、八木三之助及び吉田次男の三名をして、合計三回に亙り、合計二十四時間相当の休日労働をなさしめ、

(ハ)  女子工員泉豊子、島田定子、橋本和枝及び野津松子の四名をして、合計九十六回に亙り、合計百八十二時間半相当の時間外労働をなさしめ、

(ニ)  女子工員斎藤安子をして、二回に亙り、合計十六時間相当の休日労働をなさしめ、

(ホ)  右工員泉豊子及び橋本和枝の両名をして、合計六回に亙り、合計四十二時間相当の深夜作業をなさしめ、

(二)  その頃、右(一)の(イ)乃至(ホ)記載の時間外労働(別表第一備考欄中、○印を以て示す、男子工員深夜業の関係をも含む。)、休日労働及び深夜作業につき、各工員に対する法令所定の率による割増賃金の支払を怠り、

(三)  右期間中、休日を各工員に対し各月につき一日、十五日の二回のみしか与えず、

(四)  同年三月中旬頃より同年九月下旬頃までの間は、工員数常時十人以上に達したに拘らず、その間、法令所定の就業規則の作成及び行政官庁に対する届出を怠り、

(五)  同年十一、十二両月間、別表第二記載のとおり、

(イ)  男子工員泉清吉、龜田新市、津田勇吉、野津恒男及び小沢多津男の五名をして、合計五十八回に亙り、合計百七十六時間相当の時間外労働をなさしめ、

(ロ)  女子工員野津松子をして、四回に亙り合計十時間相当の時間外労働をなさしめた外、八時間相当の休日労働をなさしめ、

(六)  その頃、右(五)の(イ)(ロ)記載の時間外労働(別表第二備考欄中○印を以て示す、男子工員深夜業の関係をも含む)及び休日労働につき、各工員に対する法令所定の率による割増賃金の支払を怠り、

(七)  右期間中、休日を各工員に対し各月につき一日、十五日の二回のみしか与えず、

第二、被告人寺本芳男は、法令所定の条件がないのに拘らず、同所において、

(一)  同年二月より同月九月までの間、前記第一の(一)(イ)乃至(ホ)及び(二)乃至(四)記載に係る、相被告人山本甲子生の各犯行に加担し、

(二)  右期間中、従業員全部につき、法令所定の賃金台帳の調整を怠つた

ものである。

敍上の各犯罪事実を認定するに至つた証拠は次のとおり。

一、被告人山本甲子生、寺本労男並びに海野ナツ子三名の当公廷における各供述。

二、出勤簿綴、出勤簿及び給与関係書(証第一乃至第三号)。

三、被告人山本甲子生の検察官に対する第一回、被告人寺本芳男の同第二、三回並びに被告人海野ナツ子の同第一回各供述調書。

四、労働基準監督官常松彌重の申述書。

五、小沢多津男、野津松子、稲田忠雄、泉清吉、島田定子及び野津恒男の検察事務官に対する各供述調書。

法律に照すと、先ず、被告人山本甲子生の判示第一の各所為のうち、(一)の(イ)乃至(ホ)及び(五)の(イ)(ロ)の中各工員に対する各時間外労働の点は労働基準法第百十九条第一号、第三十二条に、各休日労働の点は同法第百十九条第一号、第三十五条に、各深夜作業の点は同法第百十九条第一号、第六十二条に、(二)及び(六)の各工員に対する各法定割増賃金不払の点は同法第百十九条第一号、第三十七条に、(三)及び(七)の点は同法第百十九条第一号、第三十五条に、(四)の点は同法第百二十条第一号、第八十九条にそれぞれ該当し、次に被告人寺本芳男の判示第二の各所為のうち、(一)に掲ぐる各所為はその加担に係る相被告人山本甲子生の各犯行につき挙示した前記各法条(刑法第六十条と共に)に、(二)の賃金台帳の調整を怠つた点は労働基準法第百二十条第一号、第百八条にそれぞれ該当するけれども、右被告人両名の各所為のうち同法第百十九条に該当するものについては、すべて所定刑中罰金刑を選択する。而して、右被告人両名の敍上の各所為はそれぞれ刑法第四十五条前段併合罪の関係に在るので、同法第四十八条第二項に則り各所定の罰金を合算した罰金額範囲内において、被告人山本甲子生を罰金四千円に、被告人寺本芳男を罰金三千円に各処するものである。若し、右罰金を完納することができないときは、刑法第十八条に則り、金二百円を一日に換算した期間、その被告人を労役場に留置しなければならない。なお、訴訟費用たる国選弁護人難波督に給するものについては、刑事訴訟法第百八十一条第一項を適用して、被告人山本甲子生に対しその関係部分全部の負担を命ずるものである。

因みに、判示第一の(二)及び(六)の事実において摘示した本件時間外労働、休日労働及び深夜作業は、労働基準法第三十三条若しくは同法第三十六条の規定による手続を経たものではないが、このような場合においても、賃金の支払については、使用者は同法第三十七条所定の率による割増賃金の支払をなさなければならないものと解するを至当とする。次に、本件被告事件によれば、被告人海野ナツ子に対する公訴事実の要旨は「同被告人は、前示松江硝子工業所開設当初よりその経営に参画し、主として女子工員の労務の配置、日常作業の指揮、監督等に当つていたものであるが、(第一)相被告人山本甲子生、寺本芳男の両名と共謀の上、前記判示第一の(一)の(イ)乃至(ホ)及び(二)乃至(四)の日時、場所において、同記載のような犯行をなし、(第二)相被告人山本甲子生と共謀の上、前記判示第一の(五)の(イ)(ロ)、(六)及び(七)の日時、場所において、同記載のような犯行をなしたものである。」と謂うに在る。

前掲各証拠を綜合すれば、被告人海野ナツ子は昭和二十三年より相被告人山本申子生と内縁の夫婦関係を結び、その同居人として本件松江硝子工業所における作業に従事していた事実を認めることができる。併しながら、被告人海野ナツ子が右公訴事実の冒頭に謂うような地位及び権限を有していたことの点については証明が十分でない。従つて、相被告人山本甲子生の判示第一に掲げる犯行中、同(二)乃至(四)、(六)及び(七)の各点につき、共犯の責任ありとなし得ないことは言を俟たない。尤も、前掲各証拠によれば、被告人海野ナツ子は右相被告人との前敍のような間柄に基き、或る程度、事業主より女子工員に対する指示の伝達に当つたことがある事実を推認することができる。即ち、右相被告人の判示第一の(一)の(ハ)乃至(ホ)及び(五)の(ロ)の各犯行に加担したとの嫌疑ありと称することはできるかも知れないが、併し公訴事実に謂うように、共謀の上該犯行に出でたりと断定するには、未だその証明十分なりと謂うことができない。労働基準法第十条によれば、事業主又は事業の経営担当者のみならず、苟くも事業主のために行為をする者は、広範囲に使用者としての責任を負担しなければならない訳であつて、事業主の妻若しくは内縁の妻のように事業主と特殊な身分関係に在る者が、右責任を負担しなければならない事例の少くないであろうことは容易に想像することができる。右法条の精神は、或いは、事業主と特殊な身分関係に在る者が、或いは又、労働者のうち特殊な職務を担当する者が、事業主の地位に隠れて橫暴を逞しうする等、無責任な行動に出ることがないように、不当なる権力の行使に対し労働者の地位を守らんとするに在ることは論を俟たない。併しながら、妻若しくは内縁の妻が、或る程度事業主より工員に対する指示の伝達に当ることがあるにせよ、単に事業主と特殊な身分関係に在るが故に、常に当然にこれに対し使用者としての責任を追求すると謂うことは当らない。要点は、各具体的事案において、右のような特殊な地位に在る者が、事業主のために代行するに当つて、その自由なる意思に基いて、権力の発動に作用を及ぼすことができる余地があるか否かに在る。因に、労働基準法の規定の体裁から見れば、同法の各法条に違反する犯罪は、単なる行政犯として規定されているようであるが、新憲法の理念に基いて労働基準法が制定せられてから既に満三年以上経過しその間監督機関の不断の努力によつて労働基準法の趣旨もかなり普及徹底した現在においては、労働基準法違反罪も既に所謂自然犯たるの性格を帯有するに至つたものと称することができる。併し、そのいずれに属するを問わず、苟くも犯罪の成否を考察するに当つて、労働基準法違反罪なるが故に、犯罪の構成に関する一般理論の適用が排除せられるものでないことは論を俟たない。本件において、前敍のように、被告人海野ナツ子が、或る程度事業主より女子工員に対する指示の伝達に当つたことがある事実を推認することができるとしても、その際、同被告人において、相被告人山本甲子生の判示犯行を阻止するにつき、相当の努力を期待することができる事情の存在を肯定するに足る証拠がないのである。結局、本件被告事件のうち被告人海野ナツ子に対する部分はいずれの点においても犯罪の証明がないことに帰するものと謂うべきであつて、刑事訴訟法第三百三十六条によつて、同被告人に対し無罪の言渡をしなければならない。

なお、起訴状添付の第一、二別表記載中、本判決の別表第三に掲ぐる部分は、いずれも他の部分と重複せるに過ぎない単なる誤記を以て目すべきものであることは、出勤簿綴及び出勤簿(証第一、二号)と対照すれば明らかであるのみならず、右起訴状添付の第一、二別表の記載自体に徴して既に明瞭であり、その部分は既に本判決において判断を受けた事実と重複するものたる以上、本件被告事件中の独立した事実として取扱わないのを至当とし、これに対しては特に判断を加えない。

よつて、主文のとおり判決をする次第である。

(裁判官 組原政男)

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